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   小一領神社は寛仁2年(1018)年に創建され、昔は柳本大明神と称され新町にありました。時代区分で言うと平安時代のなかばで藤原道長が太政大臣に就任し、枕草子や源氏物語などが書かれた頃です。あと2年したら創建1000年を迎えます。

 井上清一先生は、柳本大明神はもと水神だったと述べていらっしゃいました。それが阿蘇家の影響により阿蘇家の守護神となって行ったようです。小一領神社の社号の由来は、天文5年(1536)御船城主本郷安房守房行が阿蘇家に叛いたので、ときの大宮司阿蘇惟豊の長子・千寿丸(のちの阿蘇惟将・当時17歳)が初陣大将となり、甲斐宗運を総大将に御船城に出発の折り、戦勝祈願して小具足1領を奉納したことに由来します。

 文禄4年(1595)に、小西行長の家臣である結城彌平次によって神社が破壊され、元和7年(1621)に井手玄蕃允豊治によって現在地に再建されました。

 参道入口に建っていた一対の灯籠とコンクリート製の鳥居は、老朽化して危険だというのでつい最近取り毀されました。灯籠は大正3年(1914)、鳥居は大正11年(1922)の建立でした。

 階段登り口の鳥居は残っています。阿蘇溶結凝灰岩で造られた鳥居です。この鳥居は小一領神社の神主である男成守寿が書いた「郷党歴代拾穂記」に記されている享保2年(1717)年に建てられた鳥居ではないかと言われています。額束には「小一領神社」と刻まれ文字が白ペンキで塗られています。「郷党歴代拾穂記」ではこの書は阿蘇大宮司友隆卿の筆跡だと記されています。それにしても、299年前に建てられた石造りの鳥居より、94年前に建てられたコンクリート製の鳥居の方が先に老朽化してしまうとは驚きです。

 ここの参道と境内には、ぼくの幼いときの記憶が残っています。初市なのでしょうか?ここの参道に茶碗売りなどの露天商が並んでいた記憶があります。また境内にはテントが張られ、中に象などの動物が居たような気がします。何しろ幼いときの記憶なので定かではありません。

 

 今月(3月)21日(土)は、ここ小一領神社境内にて「やまんマルシェ」が開催されます。多くの方のご来場をお待ち申し上げます。

2015年04月10日更新