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御所 麻山に分布している木村さんについて
東京都在住の木村といいます。実家は熊本市内であり、そちらの本家は山都町の御所です。高祖母の話だと、御所から麻山にかけて木村さんが多く分布していると聞きました。私の方でも調べて見ると、御所だけで7世帯、山都町内では21世帯あるそうです。阿蘇氏の違い鷹の羽紋や木工紋を使用している人が多いそうで、何か阿蘇氏と関係性があるのでしょうか?
阿蘇には木村遺跡と呼ばれる場所があったり、阿蘇家文書文明11年阿蘇社領宮地居取田検見馬上帳には木村里という地名が出てきたりします。気になります。
木村さん Mail 2024年11月15日 04時25分42秒
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Re: 御所 麻山に分布している木村さんについて
書き込みを見落として、返事が遅くなり申し訳ございません。
あいにく、「木村氏」の由来については存じ上げていません。
山都町郷土史伝承会 2025年02月13日 18時51分00秒
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郷党歴代拾穂記について
初めて質問いたします。現在、大学の研究で加藤家の家臣たちのその後について調べております。矢部町史を読んでいた所、山都町にも在御家人制で細川家に召し抱えられなかった元加藤家の家臣たちが入ったとの記載がありました。郷党歴代拾穂記を見れば、もう少し情報が分かると思い、熊本県立図書館で閲覧したいと思っています。郷党歴代拾穂記には県立図書館で閲覧できる「天」と「地」だけなのでしょうか?他にあるとしたら、全部で何巻ほどあるのか教えて頂けますと幸甚です。

また、矢部手永の在地御家人(とりわけ名連石、上名連石の者たち)についての記録史料が他にあれば、教えて頂きたいです。

長文失礼いたしました。
志賀誠 Mail 2025年02月13日 03時19分21秒
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Re: 郷党歴代拾穂記について
郷党歴代拾穂記には県立図書館で閲覧できる「天」と「地」だけなのでしょうか?

→男成文書は全部で380点ほどあるそうで、私も全部は見ていません。
 郷党歴代拾穂記に限って言えば、私は「天」と「地」しか見ていません。


また、矢部手永の在地御家人(とりわけ名連石、上名連石の者たち)についての記録史料が他にあれば、教えて頂きたいです。

→惣庄屋直触以上を在郷家人と称するならば、上名連石・下名連石に下記の人々がいたようです。
 上名連石村惣庄屋直触・一瀬芳助
 下名連石村惣庄屋直触・清藏
 上名連石村一領一匹・松本長左衛門
 上名連石村一領一匹・伴又次郎
 下名連石村一領一匹・飯星文太
 下名連石村一領一匹・古閑喜兵衛
 上名連石村地侍・志賀権左衛門
 下名連石村地侍・山村文左衛門
などなど(永青文庫・「町在」参照)

山都町郷土史伝承会 2025年02月13日 18時06分14秒
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山都町、田小野に分布する西姓について
初めて質問をさせていただきます。
私自身熊本生まれでもないのですが本家が山都町の田小野にあり
西姓であります。
自身で先祖の事を調べてはいるのですが、なかなか進展がなく
本家の方からはぼんやりと阿蘇家関係なのではないかとのこと。
そちらの方向で調べましてもなかなか確信できるものがなく、
もしご存知の事がありましたらご教授頂けると幸いです。
西 響 Mail 2025年02月15日 23時19分19秒
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Re: 山都町、田小野に分布する西姓について
お早うございます。

阿蘇家の西家といえば、西源兵衛惟景(これかげ)がいます。天正十三年八月に島津軍が阿蘇家領に侵入しました。そのとき、西源兵衛惟景をはじめ、阿蘇家の忠節の家臣達で協議のうえ、幼い大宮司と惟種夫人を目丸にかくまうことにし、西源兵衛惟景は幼い大宮司を背負って、目丸へと向かいました。そのことを記録した「拾集昔語」には、次のように記されています。

   『惟種公の後室并惟光公惟善公を隱し奉る事』
一 阿蘇の御家臣甲斐氏仁田水初發に薩摩江令歸伏侯故其外下いつれも同前にて惟種公の後室兩若御達濱の御所江被成御座候ては當分御家人を先として他は申に不及無心元侯とて元來金石の御家人に南郷矢部兩高森男成早川の城主兄弟渡邊甲佐中山の田上砥用上島の田上北里下城坂梨西北迫此人々一同に申談侯は後室は小宰相と云大女﨟と能き隱居の在所へ供奉仕御心安可被成御座候御代々の御文綸旨御寶物は男成明神の御寶殿に奉隱一太夫守護可仕侯其内綸旨口宣文書は坂梨氏背負可申侯此外の御寶物は濱の御所江人しらさる穴藏有之侯に隱置迫井手兩頭在番仕與風御母子樣共に被成御上京と申ふらし鳥居之大門をたて小門を開き注連を引廻し諸人出入令禁制可罷有侯御兩若君へは坂梨氏孫太郎西源兵衛渡邊軍兵衛此三人供奉仕砥用矢部境の奥目丸の深山幽谷へ忍ひ隱れ守り仕時分を待可申旨申合右の山中に各三人附居侯て御兵粮の運送は右 殘り侯者共彼幽谷の隱家に相送可申旨申談扨眞先に御綸旨御文書を坂梨氏背負次に惟光公を西氏肩に載せ參らせ次に惟善公御字をほそ殿と申侯を渡邊軍兵衛肩に載せ忍入侯處に御跡ゟ三人追かけ其若君はわれ/\請取守護可仕と申侯を渡邊ふり返り見侯て其手令推察侯己等共薩摩江御供可申とや内々見聞も致侯はん自分か手並見せんとて大岩のかけにほそ殿を置申侯て提たる鑓にて坂の上よりまくりかけ眞先の者を突伏侯へは眞下りにかいふつて迯侯故鉢巻に能々御取附被成侯へ大將はむつからぬものにて御座候ぞと申侯れ朱に成侯鑓を片手にひつさけ各の跡をしたひ參り侯由祖父折々咄被申侯亡父度々承侯と被語聞侯阿蘇の御家其頃は惟前公方神主公方とて阿蘇家二つにわれて有之侯由にて定而惟前公方の者にて有之侯はんと亡父咄居申侯惟前公先筆に書出侯通に被成敗北侯故其方人共は降人と成或は令逐電山谷野外に身をほそめ罷在侯由に侯間定て左樣の者ともにて若君を背負薩摩江參間敷にもあらす侯故軍兵衛被申分尤と存侯惣て軍兵衛は大の男にて大力の由語傅侯亡父初て神主惟善侯江軍兵衛病死後に罷出侯へは亡父に孫兵衛と假名共被仰付上下被爲拜領なぜ當分迄罷出不申侯やと被仰出侯に多年在京藪醫傳受仕居申侯て參不申侯と申侯へは坂梨氏の老翁軍兵衛事を被申出昔物語被咄出侯に惟善公被仰出侯は其通に侯鑓に血のついて流れ侯をすさましく思ひ侯事夢の樣に有之侯と被仰侯と亡父折々咄聞被申侯事

 これを要約すれば、

惟種公の後妻と惟光公、惟善公をお隠し奉ることについての記録。

阿蘇家臣の甲斐氏が最初に薩摩へ降伏したため、他の家臣も同様に従った。惟種公の後妻と二人の若君を保護するため、家臣たちは相談して決めた。まず、御文書と御宝物は男成明神の御宝殿に隠し、一太夫が守護する。後妻は小宰相(こさいしょう)と呼ばれる女性の良い隠居場所で安らかに過ごせるよう心を配る。

二人の若君はそれぞれ坂梨氏、渡邊氏、西氏の家臣たちが護衛し、奥目丸の深山幽谷に隠れながら守った。御兵粮は幽谷の隠れ家に運び入れた。

惟光公は西氏、惟善公は渡邊氏が肩に背負いながら、見張りを避けて移動。途中で襲撃を受け、渡邊は敵を撃退し、若君を守りきった。阿蘇家は当時、惟前公方と神主公方に分裂していた。惟前公方は敗北し、その家臣たちは降伏、または山谷野外に逃げ隠れた。

渡邊軍兵衛は大力の男であり、薮医として生き延び、後に再び神主惟善公に仕えた。その後、孫兵衛と名乗り、阿蘇家に忠誠を尽くした。
山都町郷土史伝承会 2025年02月16日 09時28分45秒
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「公開する」で投稿をお願いします。
 みなさん、投稿ありがとうございます。
せっかく投稿していただきましても「非公開」となっているため、私が投稿を見落として投稿していただいた方にお返事が遅れ大変ご迷惑をおかけしています。恐れ入りますが、投稿の際は「公開する」を選択して投稿していただきますようお願い申し上げます。
山都町郷土史伝承会 2025年02月16日 09時34分15秒
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木村家ルーツについて
私は島木(木鷺野)出身の木村と言います。
実家は農家で茶や米を作っていたそうです。
江戸時代までは戸籍でわかりましたが、
島木の木村は元々、何処から来たのでしょうか?
もし、ご存知であればご教授願います。
木村信幸 Mail 2025年04月06日 16時34分04秒
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Re: 木村家ルーツについて
 木村さん、こんにちは! あいにく木村氏のルーツについては存じ上げませんが、荒木氏についてはこんな話を聞いたことがあります。

 古代、御船川は矢部郷への文化の入口であり、その沿線には歴史の名残が残っているといいます。 例えば、6~7世紀ごろのものとされる島木峰の遺跡からは、三基の箱式石棺や鉄剣三振、鉄鏃が出土しました。また、地名「金内」や上流の「鍛冶床」といった名称も、かつて鉄文化が栄えた痕跡とされています。

 製鉄を担った蹈鞴(たたら)集団の中には、「鉄穴師(かんなじ)」と呼ばれる採鉱係や、「カヌチ」という砂鉄採掘係がいたと伝えられています。地名「金内」は、これらの言葉が変化して生まれたという説があります。

 さらに、炉の主任を「村下(むらげ)」と呼び、副主任は「炭坂(すみさか)」とされました。炭を勢いよく燃やす職務だったので、このような名前が付いたのでしょう。 また、「炭焚(すみたき)」は木炭投入係、「荒木(あらげ)」は採鉱係の助手のような役割でした。「荒木」という姓は、ここから生まれたと言われています。

 村下(むらげ)の人々は、金内から田小野へ、さらに朝日の方へと移動し、その途中には古い姓を持つ人々が今も残っています。

 荒木姓を調べると、島木に約20軒、清和の鶴ケ田に約27軒が見られます。清和から中島の島木、麻山の前谷にかけても、島木を中心に荒木姓が広まっており、下名連石に5軒、千滝や杉、浜町、上寺などの町中にも、20軒近くの荒木姓が存在します。

 また、御岳の麻山には「村木」という姓の人々がおり、その由来は「ムラゲ」とされます。朝日の安方へ行くと「村手」へと変化し、彼らは採鉄を行った人々の後裔だと言われています。
山都町郷土史伝承会 2025年04月07日 10時31分12秒
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Re:木村家ルーツについて
>私は島木(木鷺野)出身の木村と言います。
>実家は農家で茶や米を作っていたそうです。
>江戸時代までは戸籍でわかりましたが、
>島木の木村は元々、何処から来たのでしょうか?
>もし、ご存知であればご教授願います。

ご教授頂きありがとうございました。
なるほど、ご説明頂いた様に姓名も変わって行った
可能性がありますね。姓を自由に名乗って
良くなったのも明治に入ってからですし、
村同士の交流もあったでしょうから移り住む事も
多々あったでしょうね。
ありがとうございました。
木村 Mail 2025年04月12日 23時49分11秒
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> 万坂と千滝と言う地名の由来を教えて下さい!
ひろさんのお尋ねについてお答えします。

地名研究家の倉岡良友先生は、熊本県の「万坂」という地名の由来について以下のような仮説を提唱されています

1.文献初見: 正平9年(1350)の阿蘇家文書に「まちさか、あそたけのりやう」という記載がある。ただし、村の起源はさらに古く、縄文・弥生時代まで遡る可能性がある。

2.地名の解釈: 「まちさか」は万坂村名、「あそたけのりやう」は阿蘇岳(山)の領地、阿蘇家の領地を示している。「まちさか」が「まんさか」に転じ、漢字表記「万坂」が定着したと考えられる。

3.地名要素の歴史的な意味:
「まち」: 商業地ではなく、水田の区画を意味する例が全国的に見られる。
「さか」: 古代文献では「峠」の意味で使用されており、「坂」と「峠」は同義語とされていた。

4.村の地名の分布: 中世の城や砦に関わる地名(屋敷、前田堀、出口など)が集中しており、これらが領主や土豪の直営田を示しているとされる。

5.「前田」の意味: 領主や在郷武士が権威を示すために名付けた土地であり、耕地として使われた。

 まとめると、「万坂」という地名には古代からの土地利用や歴史的背景が反映されており、水田の区画や中世の城館の跡などがその形成に影響しているとされています。

 また、千瀧については次のように述べられています。
千の「せん」は美称か、「せん先」で、さき・先端である。滝はもちろん高い崖から流れ落ちる水の滝が普通の意味だが、水が流れ落ちなくても「たき・滝」には崖、絶壁の語意もある。全国・県下にも地形地名として多く分布している。
 ここの場合は集落が千滝川が形成した断崖、崖地の先端部に立地していることを表現した地形地名ではないかと考えられる。
山都町郷土史伝承会 2025年04月10日 12時57分27秒
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矢部手永郷士 志賀について
昔、先祖が矢部の上名連石という所で庄屋と地侍をやっていたようです。確かに町在や矢部町史などを見ていると、庄屋や郡代直触で志賀という名前が出てきます。

また、矢部町史や熊大の文献を見ていると、当時の郷士は大友、加藤、小西、佐々の元家臣団出身と記載してありました。もしやと思って、それぞれの分限帳やその他家臣に関する文献を漁りました。
加藤と大友には志賀という家臣がいたようで、そのいずれかなのではと思っています。

晩年になって、子孫に家のことについて伝えていけたらと考えています。矢部町の郷士志賀さんについて、ご存知のことがあれば教えて頂きたいです。大友や加藤と関係はあるのでしょうか?
志賀タツ 2025年04月12日 01時43分53秒
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Re: 矢部手永郷士 志賀について
志賀さんこんにちは、上名連石村の志賀さんについては、永青文庫の中の「町在」のなかに
「矢部手永上名連石村地侍志賀権左衛門、役方多年出精等にて賞美」(9.24.2_131)
「矢部手永上名連石村地侍志賀権左衛門病死、倅志賀仁之允跡目相続」(10.1.6_170)
「矢部手永上名連石村等庄屋志賀準平他3人、役方多年出精にて賞美」(10.3.1_207)
見ることができます。

 これらの史料は、熊本県立図書館3階の特別資料として保管されています。
閲覧やコピーができます。図書館に来館できない方には郵送複写のサービスも行っていますので図書館にお尋ねください。
山都町郷土史伝承会 2025年04月13日 10時32分35秒
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