元禄井手吹上口 矢部勘右衛門が,元禄時代に築いたとされている。以前は,山水楼の取入口から下市の吹上口まで石垣塘が築かれていた。昭和8年にその塘は壊され,通潤橋の連通管の原理と同じ吹上式となった。
2017年06月20日更新